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2003年05月01日

2003年5月

5月30日(金)
 夜11時以降、京王線の最終車両は女性専用車になります。賛否両論あるでしょうが、何となく安心ではあります。でも、毎朝毎朝「痴漢は犯罪行為です」と車内放送するのはよくないと思います(今朝は言わなかったので毎朝ではないのかも。でもとにかくしょっちゅう)。それによって何人かは断念もしくは中止するのでしょうが、その他の人々は皆、一度もその犯罪行為を犯すことなく一生を終える正常なふつうの人たちなのですから。通勤電車での朝のひと時、清く正しくさわやかな気分で。お疲れの皆さま、週末はゆっくり休みましょう。来週はもう6月です。

5月29日(木)
 今日はいい天気。外にいると立っているだけで汗が出てきます。台風が接近しているとか。このまま上陸したら観測史上3番目に早い時期の台風になるそうです。そろそろ春も終わりなのに、私は未だ春眠不覚暁。



5月28日(水)
 よくお昼ご飯を食べに行く店のマスターに「疲れた」と言ったら、仕事以外の趣味をもったほうがいいと言われました。この店ではいつも、みのもんたの番組を眺めながら黙って生姜焼き定食か麻婆茄子定食を食べているだけの人間のつもりでいたので、私の無趣味を見抜かれていることに驚きました。高尾山に登る、新宿御苑にお弁当とビールを持って行く、自転車に乗る・・・など、いろいろアドバイスをしてくれましたが、結局うちの隣の隣がスポーツクラブだと言ったことから、プールで泳ぐのがいいんじゃないかということになりました。今まで何度も入会申込書をもらいに行っていますが、今度こそ入会してみようかと今は思っています。泳ぐのは好きです。とにかく、四角い部屋で一日中仕事をして四角い家に帰るのはよくない、ということでした。


5月27日(火)
 昨日の夕方、東北地方で震度6弱の大きな地震があり、その後も余震が続いています。今後も警戒が必要だそうです。短期遊学コースでは必ず防災館での地震体験をします。地震が起こったときにするべきことを教えてもらい、激しい揺れの中、実際にそれをやってみるのですが、地震のない国から来た学生たちにとっては大喜びの初体験。防災館側の目的は理解しつつも、別の意味で絶対にはずせないメニューだと思っていること・・・現実にこうして大地震が起こるたびに不謹慎だったと深く反省します。 今朝、うちの真ん前で大型トラックと小型トラック、ワゴン車の三重衝突。事故も地震も病気も、みんな恐い。



5月26日(月)
 日曜日の朝日新聞に、中国山東省に「尼山足利希望小学校」開校という記事がでていました。学校がある山東省曲阜市は孔子の生まれたところで、学校の名前にある栃木県足利市は私が生まれ育ったところです。足利には12世紀から幕末まで日本の儒教教育の一翼を担った足利学校があり、孔子廟が今も当時のまま残っています。NHKの大河ドラマで足利尊氏が扱われ、学校自体を復元保存するということになってから少々観光地化してしまって今はただでは中に入ることができなくなってしまいましたが、昔は中の木陰が緑陰図書館として開放されていて、小学生だった私もよく行きました。・・・なんですが、学校の建設資金を寄付したのが孔子と縁のある足利の人で、校名に足利の名前がついているというのが、この記事の内容です。何であれ、足利という文字を見つけ食い入るように記事を読んでしまいました。ふるさとは遠きにありて思うもの。一人国を離れて日本にいる学生たちも故郷を懐かしく思い、帰りたくなることもあるでしょうね。1992年にインドネシアにいた私も、そう度々というわけではありませんでしたが、何かあるとジャカルタの北にあるアンチョールの海岸に行って椰子の木の下にすわり、ああ、この海を泳いで行ったら日本に帰れるのにと思いました。


5月24日(土)
 幕内力士、横綱から前頭の一番下まで、東西間違えずに全部言えた時代がありました。魁傑(かいけつ)、知ってます? すでに引退した若乃花、貴乃花のお父さんと同時代の元大関。大ファンでした、阿佐ヶ谷の花籠部屋にファンレターを出すほどの(=みいはあ)。何日か前の大相撲ダイジェストに、その魁傑、現在の放駒親方が解説者として出ていましたが、やはりずいぶん年をとったなぁと思いました。魁傑は「腰高魁傑」(取り組みのとき、腰が高かったので)、若貴兄弟のお父さんの貴ノ花は「くんろく大関」(いつも9勝6敗でかろうじて大関の座を守っていたから)、黒姫山は「花王石鹸」(横顔が花王石鹸の三日月のマークのようだから)、大麒麟は「ゲーロ」(顔がのぼーっと長かったから、ゲーロは蛙)・・・亡父がそう呼んでいた当時の力士たち。全然懐かしくない人、ごめんなさい。昨日の大相撲夏場所十三日目、朝青龍勝って12勝1敗。最近はこの程度の知識しかありません。でも朝青龍の笑顔、いいですねぇ。モンゴルの広大な草原を感じます。
 今日、日本語学校は今月末締め切りの10月生申請者の事前審査のためにスタッフが出勤、日本語教員養成研究所は通常どおり土曜コースが動いています。


5月23日(金)
 明後日の日曜日は誕生日です。20代最後の5月25日(今年のことじゃありません)、教師になって初めてもった中級のクラスに休み時間を終えて戻ったら、教卓の上にバースデーケーキが置いてありました。自分の誕生日を学生に言いふらしてしまうなんて、いかにも新人教師という感じですが。真ん中に書かれたチョコレートの文字は「かど先生おめでとう」。かど? その次にもった初級クラスの少々とぼけた学生は授業中に突然「先生、お金持ち」「どうして?」「カード、カード、お金たくさん」。かとう、かど、かーど・・・難しいですね、濁音と長音。隠しても仕方ないので44歳。生まれてから大学卒業までの年月を2回生きたことになります。次は66歳、次88歳、そして次110歳。そこまで元気に生きられたら本当におめでたいでしょうね。
 ・・・などと本当はこんな暢気なことを書いている場合ではないのです。SARS―。現状におけるインターカルトの対応は別のページに載せました。これが最良の策だとは思っていません。この夏、該当の国・地域から勉強しに来たいと思ってくれている学生たちには申し訳ないとしか言いようがありません。特に台湾からは10年にわたって毎年「夏季短期遊学コース」にたくさんの学生たちが来てくれていました。苦渋の選択です。今後、現状を冷静に見極め、ただ拒否するのではなく、私達にできることは何か、何をすべきかを考えていきます。

5月22日(木)
 このページの文章は、いつも前の晩に考えて自分宛にメールで送り、それを次の日に学校で開いてHPの更新画面に貼り付けます。遠く海の向こうの読者から「どーしたんだろう。ここ2日間、インターカルトのホームページの加藤先生の日記が出てきません」というメールがきました。画面のレイアウト変更等の後、それぞれのパソコンに更新前の画面が残っていてこのような不具合が生じるらしいです(私の解釈によると)。すぐに出てくるように登録したり「お気にいり」に入れたりしてくださっている方は、もう一度改めてインターカルトのHPを呼び出してみて、さらにInternet Explorerの画面の左上の方にある「更新」ボタン(四角の中に右と左向きの矢印があるボタン)を押していただけますか。そうすると常に新しい情報が出てきます。(以上、私を含めた初心者向けの説明。でもこの文章自体が出ていないんですよね、今私が呼びかけている方たちには。)
 関東地方、昨日は久しぶりのいいお天気でした。日照時間は8時間。一昨日までの10日間の合計は10時間だったそうなので、1日で8日分晴れた計算になります。今日もいい天気です。
★写真の達磨の上にカーソルをあわせると解説がでてきます。



5月20日(火)
 ♪夏も近づく八十八夜♪は今月の初め、そして今、新茶の季節。水道の蛇口に浄水器をつけてから、お茶がとてもおいしく飲めるようになりました。人間用の浄水器、いや、浄心器もあったらいいかなと思います。いらいら、かっか、とげとげ・・・。うちの浄水器は1ヶ月に1回交換してもらいますが、私のは毎日、時には日に何回か取り替える必要があるかもしれません。「まあるく、やさしく」を信条にしているのですが。


5月19日(月)
 土曜日の午前中、インターカルトの先生たちの勉強会がございました。“中級の読解”というテーマで、4、5人ずつAからHまで8つのグループに分かれまして・・・(中略)・・・、この形で8月まで続くそうでございます。私(わたくし)もCグループの一人として参加いたしました。午後は、お友だちのタイの森さんも出展していらっしゃる「国際バラとガーデニングショウ」を見に西武ドームに参りました。皆さんバラがお好きなのかお暇なのか存じませんが、あまりの人の多さにびっくりいたしました。午前も午後もとても楽しゅうございました。
 話し方(書き方)変ですか。日曜日の朝、テレビに出ていた101歳現役という女性の日本語がとても美しく、ちょっと真似てみました。


5月16日(金)
 昨日の自分の日記を読み返して、あまりにもバカをさらしているようで自己嫌悪に陥ったので名誉回復の敗者復活戦。今しばらくのおつきあいを。
 本気でやればできる(かもしれない)ものでも嫌いだったらやらない、だからできない。本気でやってもできないものは、できないからやらないというのがイヤでやる、でも結果は予想通り。たとえば長距離走(短期速戦型なので短距離走は嫌いではない)。よく「お腹が痛い」などと言って休む人(特に女の子)がいましたが、休んだことありません。高校最後の体育の授業が終わったとき、これで一生走らなくて済むとホッとしました。大学の体育実技の授業はバレーボール、卓球、ダンス、陸上等の中から一つ選んで1年間それをするという形式でした。迷わずダンスを選んだのですが、希望者が2倍に達し隣にいる人とジャンケンをして勝ったほうがダンス、負けたら人気のない陸上へということになりました。私は勝ちました。が、ジャンケンをした相手がいきなり泣き出したのです。こういうの一番嫌いです。面倒くさいので勝ちを譲り、さらに1年間走る羽目になりました。
 1992年にインドネシア校に行くことになったのも、この体育実技と似たような経緯です。朝、家を出るときはジャングルには行きたくないと思っていた私が、昼間の会議で希望者皆無、絶対行きたくないと言っている人に「行けば」と冗談のように言った人のその一言に腹が立ち、「じゃあ、私行きます」と手を挙げ、夜、家に帰ったときは2ヶ月後の出発が決まっていました。因みに1年間の単身赴任でした。大学での陸上は何の得もありませんでしたが、このインドネシアは本当に本当に大収穫でした。ジャカルタはジャングルではなかったし。話を元に戻して理科の解剖。「キャー、気持ち悪い」なんて言う人(これも女の子)がいますよね、私は黙ってカエルのお腹にメス! 以上、名誉回復できたかどうかわかりませんが。


5月15日(木)
 天気予報で沖縄が梅雨に入ったと言って天気図を映し出していますが、私は天気図が読めません。もともと理科が嫌いで、天気図の授業の日にたまたま風邪か何かで学校を休み、それでです。自慢することではありませんが、嫌いな科目は「やらない=できない」で学校時代を過ごしました。国語、社会、数学、理科、英語の成績の折れ線グラフは「W」の形。社会のうちの歴史はそれでも少しはやる気があって「今度こそ」と何度も決意し、いつも教科書の最初から勉強し始めたので、縄文・弥生時代はかなり詳しいです。


5月14日(水)
 5月に年賀状の話で恐縮ですが、同世代だけれど気だけは若い友人が「あけおめ、ことよろ」と書いたはがきを送ってきました。2003年度版『知恵蔵』の付録「とっさの日本語便利帳」に「メールことば」という項目があって、そこに「あけおめ」も「ことよろ」もありました。あけましておめでとう。ことしもよろしく。おっつーはお疲れ様、ビニるはコンビニに行く・・・。何が何だか。
 メールは便利です。仕事の事務連絡など、以前は一人一人に言ってまわったりFAXを流したりしていたのが、今は文章を打ってポンとキーを叩けば全員に一度に知らせることができます。電話だとついダラダラと長話になってしまうところを用件だけで済ませられます。
 けれど、重要なこと、誤解されたくないことは直接会って話したいですね。以前、複数の人たちとメール上でお互いの意見を言い合っているうちにケンカのようになってしまい、文字では表現しきれないこと、そして書く側と読む側の時間差というメールの欠点を痛感しました。単にことばだけではなく、声の調子や大きさ、表情、しぐさ、そういうものすべてがあってこそ、本当に言いたいことを感じ取れるんじゃないか、コミュニケーションをとるというのはそういうことなんだろうなと思います。以上、ちょっと月並みな結論ですが。


5月13日(火)
 通学途中の小学生の男の子が液体をかけられ火をつけられるという事件がありました。道を歩いていて見知らぬ人にいきなり刺されるという事件も、ここのところ一つや二つではありません。男の子は幸い命に別状はないということだったので体の傷はいつか癒えるでしょうが、心の傷は一生残ります。
 もう10年も前のことですが、駅のトイレに入ったら、隣との仕切りの上の隙間から男の人の顔が出てきて今にも乗り越えてこちらに・・・。私が上げた悲鳴でその男は向こう側に飛び下りそのまま逃げて行ったので難を逃れました。あれ以来、順番を待つ女の人がたくさんいる場合を除き、隣との仕切りが天井にまで達していないトイレには入りません。いえ、入れません。心は恐怖を一生覚えています。
 「安全な国=日本」は神話になってしまったのでしょうか。・・・などと呼びかけている場合ではない。日本人、しっかりしなさい。


5月12日(月)
 「裏」という漢字をよく見ると、中に「表」という漢字が含まれているんですね。人間や物事の表面だけを見てもその裏側(実質)はわからないけれど、裏を知れば表もわかる。「幸」という漢字の中には「辛」という漢字が潜んでいます。幸せの中にある辛さ。いや、辛さを乗り越えて知る幸い。・・・というようなことが、詩人吉野弘の書いたものの中にありました。私は風邪をひいてしまい、辛い週末でした。


5月8日(木)
 昨日の夜8時半ごろ信濃町校を出たら、いきなり空からワーッという歓声が降ってきました。声はおそらく神宮球場から。駅に着いて特設得点ボードを見ると、ヤクルト-巨人戦、4回の裏、5対1でヤクルトがリードしていました。
 私が初めてプロ野球を見たのは、大学1年のとき。この神宮球場でです。今からちょうど四半世紀前、ヤクルトが球団史上初のセリーグ優勝を飾ったゲームでした。そのころはまだスタンドとの間を仕切るフェンスなどなく、優勝の瞬間、一緒に行ったヤクルトファンたちはどどどっと球場に下り、バンザイをしながらマウンドに向かって走って行きました。よけいなことですが、その中の一人が今うちに一緒にいる人です。この年、ヤクルトは日本シリーズで阪急を破って日本一になりました。
 そして昨日のヤクルトは、5対7で逆転負け、4位に転落しました。


5月7日(水)
 昨日家に帰ったら、海外旅行保険の補償項目と保険金額を知らせる通知が届いていました。一昨々日無事に帰ってきたのに何とも間抜けなお知らせですが、保険料4,900円無駄になってよかった・・・。
 学生たちは日本で国民健康保険に加入し、さらに留学生保険にも入っていたのですが、去年のニューヨークでのテロをきっかけに保険料が10倍以上になり、同じ形で継続することができなくなってしまいました。日本語教育関係の方々の奔走のおかげで別の形の保険ができましたが、保険料も補償の内容も前ほどの好条件ではなくなりました。結局は無駄なお金になるかもしれない、でも万が一のために、けれど万が一の範囲が狭まってしまった・・・。事件、災害、病気、経済等など、私たちを取り巻く状況がそのまま学生に、そして学校にも降りかかってきます。



5月6日(火)
 韓国で結婚式を挙げた新郎新婦は、二人とも日本の大学院に通う学生です。結婚式の後、双方の友人たちが集まって食事会、午前2時までカラオケ。新婦の日本人の友だちは韓国が初めて、中には海外旅行が初めてという人、新郎の実家は釜山からバスと車で4時間というところにあり、小中学校時代の友人たちの中には日本人を見たのが初めてという人・・・。その人たちが一様に「よかった、よかった」と感動を口にしていました。ワールドカップ以上に日韓友好に貢献する一夜になったのではないかと思いました。
 私は行きの成田空港で海外旅行保険の申し込みをしているとき記入台に置き忘れたパスポートを係の人に手渡され、帰りにはホテルでのチェックアウトのとき、前日タクシーの中に落とした(ということに全く気づいていなかった)、中に運転免許証の入った名刺入れを「運転手さんが届けてくれました」と言って手渡され・・・、何とも情けない今回の感動でした。日本の保険会社の人、そして特に韓国のタクシーの運転手さん、本当にどうもありがとうございました。余談ですが、インターカルトから一緒に行った人の中に、クレジットカードと間違えて慶応病院の診察券を持って行った人がいました。まぁ、似たようなもの・・・でもないか。
 呉海鍾さんと李星愛さん、いつまでもお幸せに。

5月2日(金)
 テレビでスッポン(鼈)鍋を見たので、スッポンのことを書きます。私はインターカルトの教師養成コースに入る前、ある大学に勤めていました。教務課に5ヶ月、情報処理センターに3年8ヶ月いて退職したのですが、送別会は何でもご希望のものをと言われ、スッポンのフルコースにしました。そのとき初めてスッポンの生き血を飲みました。体中がぽーっと熱くなったのを覚えていますが、その後再び飲む機会にはめぐり合っていません。~以上、スッポンの思い出~
 今日の夕方の便で韓国の釜山へ行きます。卒業生の結婚式です。成田空港にいる人々の様子をテレビで見て、私も念のため超極細繊維特殊帯電フィルター+竹酢シート付きというマスクを買いました。偉い先生方、早くワクチンを開発してください。お願いします。


5月1日(木)
 ピノキオ、マッキントッシュ、ドンキホーテ、ナタデココ、オーソレミオ、モンテローザ、プエルトリコ、マザーテレサ、キャプテンクック、マダガスカル・・・。何だと思いますか。昨日の帰り、信濃町駅から家に着くまでの間、「マルコデポロ」というお店の名前が思い出せなくて、~でもない、~でもない・・・と次々と頭に浮かんだ言葉です。家のドアの前に立った瞬間、コロンブスに関係あるような気がし、マルコポーロ、そうだ、マルコデポロだ! と一件落着。
 頭の中の記憶のひきだしはどのようになっているのだろうかとよく思います。昔のこと、たとえば子供の頃の友だちの誕生日や電話番号までもが今でもすらすら出てくるのは、きっと記憶のひきだしにきれいにしまってあるからで、最近のことはいっぱいいっぱい入っている中に無理やり押し込んだりはみ出したりしているからなかなか出てこないんじゃないかと。人はそれを「老い」と言うのでしょう。
 話は変わりますが、7月の全校あげての一泊旅行、その担当チームの教職員5名が今日下見に行っています。今年は山梨で、桃狩り、温泉、富士急ハイランド等などです。 (去年の草津一泊旅行の写真はこちら)