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2003年4月

4月30日(水)
 デジタルカメラの何百万ガソ、「ガソ」は「画素」なんですね。「ギガ(giga)」とか「メガ(mega)」とかいう類の英語からきたカタカナの言葉だとばっかり思っていたので、お店で「画素」という文字を見たとき、思わず驚きの声をあげてしまいました。・・・というわけで、昨日Myデジカメを買いました(“Myデジカメ”なんて日本語学校にいる私が書いてはいけませんね)。
 今日はゴールデンウィークのすき間の平日。インターカルトはカレンダー通りに休みをとるので、今日も明日も明後日も授業があります。新入生の皆さんはもう、学校や日本での生活に慣れたでしょうか。

  4月28日(月)
できないこと。しないこと。
『階段の二段下り』恐いから。
『整理整頓』学校の机の上を見ればわかる。
『鉄火丼』子供のとき胃痙攣を起こしてから。まぐろのにぎり寿司は食べられる。
『ピアス』“身体髪膚これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり”亡父の教え。
『知らない場所での待ち合わせ』方向音痴。
『日傘』年寄りがさすものと思っている。
『ポケットサイズの電車路線図』最近ぼやけて見えない。
『50ccのバイクの運転』自ら進んでポストに追突してから。あと1mずれていたら、郵便局のガラス戸を突き破って窓口に乗り付けるところだった。
・・・・・・以上、清少納言「枕草子」の気分で。


  4月25日(金)
 重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者数が日々更新されています。これから一体どうなってしまうのでしょうか。被害の大きい国々にたくさんの卒業生、仕事上の知り合い、友人たちがいます。卒業生の何人かはメールや電話で無事を知らせてくれましたが、皆さん、どうしていますか。
 航空会社や旅行会社は大打撃でしょう。10月生の募集真っ只中の日本語学校も何らかの影響を受けることになるのでしょうか。皆さんの無事を祈りながら、一日も早く防止策が見つかるのを待つ毎日です。



  4月24日(木)
 君子蘭はいくつもの花をつけ、ハイビスカスには3つのつぼみ、そして去年落ちた種からシソが芽を出しています。この喜ばしい情景の陰に、今は土しか入っていないプランターや植木鉢・・・。以前ナスの苗が紫色の花びらの下につるつると光る実をつけたとき、かわいくてかわいくて、思い出す度にそのつるつるの頭を指先でなで続けた結果、ナスの実はそれ以上大きくなることなく朽ちました。かまわないのもダメ、かまいすぎるのもダメ。育てるとはかくも難しきこと。


  4月23日(水)
 保育園へ行く2歳の姪に母親である妹が「○○ちゃん、がんばって」と声をかけたら、「○○ちゃん、がんばれない」と言って泣き、その後休日出勤の妹を「がんばってー」と見送ったという話が、先日ごく身内で話題になりました。昨日の夜の異文化間カウンセリングの講義で、相談にくる人に「がんばれ」という言葉をかけてはいけないというお話がありました。それによって、その人をさらに追い込んでしまうんだそうです。
 講義をしてくださった水野先生、どうもありがとうございました。昨日の続きを、ぜひまたお願いいたします。ついでながら、今年のお正月、私が心に決めたのは「がんばらない」です。


  4月22日(火)
 今度生まれてくるとしたら、何になりたいですか。憧れている答えが二つあります。一つは「柿の木」。何年か前に聞いたときは、どうして?と思いましたが、去年の秋、葉っぱ一枚と実一つ残した柿の木をじっくり見て、何となく何かを感じました。もう一つは「タツノオトシゴ」。ふうっと上がりふうっと下がる姿がいいとその方はおっしゃいました。私はずっとずっと「宇宙飛行士」か「オリンピック選手」にと思っているのですが、最近「深海魚」になりたいと思うことが時々あります。


  4月21日(月)
 日本語の勉強はもちろん、進学、生活、友人関係、住居、ビザ、アルバイト・・・学生たちはそれぞれ様々な問題を抱えていると思います。私たちはそれにその都度対応しているつもりではいますが、場当たり的であることは否めません。明日の夕方6時半から全教職員を対象にした研修が行われます。これは“学生サポート研修プログラム”の第1回企画で、今回は外部から講師を招いて行い、これから、内部での勉強会も含め第2回、3回と続く予定です。
 日本の職場組織の意思決定には、①トップ・ダウン、②ボトム・アップ、③ミドル・アップ・ダウンという3類型があると物の本にありますが、このプログラムは③の賜です。学生たちにとって良い結果をもたらす会になりますように。


  4月18日(金)
 名前は「スカート・オン・パンツ」というんだそうですが、あのパンツ(この呼び方にまだ馴染めない)とスカートを重ねて穿く恰好、あれ、嫌いです。数年前のガングロのオネエサンたち、あの時買ったこげ茶色のファンデーションと、目の上と唇用の白い化粧品、今どこにありますか。 ルーズソックスの会社はつぶれたそうですね。
 ・・・と文句を書き連ねようと思い、自分の若き時代に思いを馳せました。私の大学時代は70年代後半、学生運動はかなり、いえほとんど下火になっていましたが、私が行っていた大学にはそこいら中に立て看があり、団交も日常茶飯事といった感じで行われていて、私も1回だけ学費値上げ反対のデモに参加したことがあります。先輩に「主体性をもちなさい」と言われて、前の人の腰を持って蛇みたいにつながって。あの時の私の頭の中、今初めて正直に言いますが・・・、シュタイセイ?? 学生証を取り上げられたらどうしよう、機動隊に連行されたらどうしよう、学生運動だけは絶対にするなと言った授業料を払ってくれてるお父さんごめんなさい・・・。あの後、大学はロックアウト、大学祭は大学当局(!)によって中止されました。あのころ私も友だちも皆、毎日毎日オーバーオール(ジーンズのつなぎ)を穿いていて、帰省したとき「そんな作業員みたいな恰好してないで、もう少しいいカッコしろ」と父に言われました。そうですねぇ、スカート・オン・パンツとどこが違うでしょうねぇ。
 でも若い人にはやはり言いたい。主体性をもったほうがいいですよ! ・・・と、ちょっと控えめに。
(昨日から出張の予定でしたがSARSのためにやめ、こんな暢気なことを書いています。)



  4月16日(水)
 北の国の今は亡き主席の生誕祭、かの地で祝賀パレードに参加していた日本人へのインタビューが、聞こえてくる日本語とはまったく違った意味に訳されているのをテレビで見ました。もし世界中のことばが一つになったら、世界中の全員と意思疎通が難なくできるようになり、誤解もなくなり、争いもなくなって、世の中はもう少し平和になるかもしれません。でも、そうなったら日本語学校は廃業、私たちは全員失業ですね。でもでも、まだしばらくは日本語人口を増やすことで日本と世界の相互理解に貢献、大丈夫ですよね。つまり廃業せずに。



  4月15日(火)
 日曜日の新聞に、都知事選の投票通知の宛名が夫の名前+「他1名様」となっていたことに対する妻の怒りの投書が載っていました。私のところのは夫の名前だけで届き、中に私のが入っていました。けれど、うちに届く納税通知だか何だかでは私も「他1名」です。 中学の道徳の時間に『女は損か』という小冊子を読んでその感想を書くようにと紙を配られたとき、無性に腹が立ち先生を睨み返して白紙で出したことがあります。大胆でした。今「他1名だったら税金払ってやらないから」と笑い飛ばしているのは、年をとって人間が丸くなったからではなく、ただ単に今はまだまだ過渡期と諦めているからです。
  まぁ、腹が立つこともいろいろありますけど、木一本一本、葉一枚一枚微妙に異なる緑の風景を眺め、心穏やかに今日も一日!



  4月14日(月)
 昨日仕事だったので少し遅れて出勤、慌てて家を飛び出してエレベーターの前に立ったら「点検中」。10階からパタパタと階段を下りました。急いでいる時ほど突発的な何かが起こるものですね。
  出張の日の朝、大きなカバンを持って家のドアを開けたら、道を隔てた向かいのマンションのうちと同じ階が火事。けれど時間がないので延焼しないことを祈って駅へ。その日はそれでは終わらず、込んだ電車の中、後ろに立っていた若い男の子が貧血を起こして、いきなり私の背中に倒れかかってきたけれど、時間なく面倒見られず。
 出張といえば、こんなこともありました。 成田エクスプレスに突然乗り込んで来た中高年の団体旅行。添乗員の若い男性は全車両貸切と勘違いしたような大声で皆に向かって挨拶と注意事項。やっと第2ターミナルで一同降りて静かに・・・と思った瞬間、嫌な予感に襲われました。もしや・・・。予感的中でした。御一行様が立ち去ったホームに、たぶん添乗員氏が一緒に出してくださったのであろう私のカバンがぽつんと置いてありました。慌てて降りて電車に乗せて第1ターミナルへと向かいましたが、あの予感がなかったら、急いでいる時の突発的な何かどころでは済みませんでしたよ、あの時の添乗員!



  4月11日(金)
 何とかいう蜂は、その羽の面積や振動数などから力学的に飛ぶことは不可能なんだそうです。けれど実際には飛んでいる。つまり彼は自分が飛べないということを知らないから飛べる・・・。高校生の時に国語の先生から聞いた話で、何かある度に思い出します。ずっとその橋本先生の言葉だと思っていたのですが、数年前に、尾崎一雄が書いた『虫のいろいろ』に入っている話だと知りました。
 何であれ、可能性を信じていきたいと思います。インターカルトも私自身も。力学的、能力的、物理的、金銭的、現実的、○○的・・・に無理な話でも、やってみたらどうにかなるかもしれない。ましてや無理かどうかわからないのに無理と決めないで、とにかくやっていきましょう。・・・ということで、また来週。よい週末を!
 

  4月10日(木)
 古代ローマ人の格言。「明日できる仕事を今日するな。他人ができる仕事を自分がするな。」 はぁ、そうですねぇ・・・・・・。

  4月9日(水)
 「すみません、トイレはどこですか」 昨日、 新入生がいきなり私たちの部屋を覗き込んで聞いてきました。「まだトイレに行ったことないのかなぁ」とその時は思ったのですが、もしかしたら、授業で「トイレはどこですか」を習って、それを使ってみたのかもしれないと後で思いました。
 この「トイレはどこですか」や「I love you」を幾つかの国の言葉で言えるというような芸はとても便利で、初めて持つクラスでちょこっと言ってみせたりすると一瞬にして学生との距離が近くなります。また「憂鬱」の「鬱」をすらすらっと書いたりすると、一斉に「ほーっ」と尊敬の眼差し・・・。小手先のつまらない芸で、授業の本質では決してないのですが、学生とのコミュニケーションの第一歩、日本語教師にとってパフォーマンスはとても重要な要素だと思います。



  4月8日(火)
 秋に枯葉が舞うのを見ても、これから来る冬の寒さを思ってぶるっと震えがくるくらいなものですが、春の夜に道端に散る桜の花びらを踏みながら歩くと、思わず感傷的な気持ちになります。春はこれから何かが始まる予感のする季節。子供の頃から一番好きな季節でした。毎年春がくるのがとても待ち遠しかったものです。それは今も同じ。けれど桜が散るのを見て感傷的になるのは、せっかくの何かの予感に終止符を打たれるような気がするからでしょうか。


  4月7日(月)
 先週末から、このページのライバルともいうべき「萩原あっちこっち」が始まりました(宣伝)。萩原さんという人は・・・、「あっちこっち」の自己紹介のページに載っている写真の通りの―四択問題―{ 1 偏屈な 2 変哲な 3 平静な 4 陛下のような }先生です。この萩原さん、昨日紹介した日原さん、そしてもう一人、田中さんの三人がインターカルト日本語学校企画開発室を構成する男三人衆。田中さんという人は{ 1 多忙な 2 多肪な 3 多才な 4 タフな }室長です。
 インターカルトは今日から新学期スタート。世の中一般も・・・。また電車が込みますね。


  4月5日(土)
 「土日祝祭日、休校日、出張等不在時以外は毎日掲載」というのが、自分で決めたこの欄のきまりです。紹介が遅くなりましたが、私の日記が世に出ているのは、すべての設定をし、私に操作を教えてくれた日原先生のおかげです。いつもは「日原さん」と言っていますが、HPに関しては「日原先生」と呼んでいます。そして、彼は常に私を「加藤先生」と呼ぶので、表紙のページのクリックするところ(先生、あれ何ていうんですか?)が〔加藤先生の日記〕となっています。自分のなのに「先生」がついているのは、そういう理由です。
 ・・・で、どうして土曜日の今日、書いているかというと、シアワセなことがあったからです。冷たい大雨の中、明治座に梅沢富美男の公演を見に行きました。下町の玉三郎ですよ、美しかったぁ・・・。

  4月4日(金)
 昨年末の紅白歌合戦で初出場の中島みゆきが歌った「プロジェクトX~挑戦者たち」の主題歌『地上の星』が発売4年目にして大ヒットしました。ミーハーですが、私もCDを買いました。
 昨日は、鈴木さん、澤登さん、日紫喜さん、宮本さんという、私たちとは全く業種の異なる会社の方たちと夕餉を共にしました。ひょんなことから、今進めている私たちの新しいプロジェクトに協力してくださっているのですが、最初は偶然からの出発でも、同じ目的をもって問題を乗り越える過程で連帯感のようなものが芽生え、障害にぶつかるに至って、ビジネスではなく、人と人とのつながりのようなものを強く感じるようになりました。不思議ですね。それが人間なんでしょうね。犬や金魚や亀やハムスターにはそんなことはないんでしょうね。
 『地上の星』のB面(・・・とレコード世代はつい言ってしまう。何て言うのでしょうか、2曲目?)の『ヘッドライト・テールライト』、これは「プロジェクトX」のエンディング曲ですが、いいですね、この曲もしみじみと・・・。♪行く先を照らすのはまだ咲かぬ見果てぬ夢・・・・・・旅はまだ終わらない♪


  4月3日(木)
 最近、電車の中などで他人のことを注意したり叱ったりする人を見かけなくなりました。それは物騒な世の中になったからで、反対に攻撃されて怖い目に遭うのを恐れているからだと思います。
 以前、早稲田に校舎があった頃、高田馬場の狭い歩道を歩いていて、後ろから来たおじさんに「手ー振って歩くな!」と言われたことがあります(私は歩く時大きく前後に手を振って歩くクセがありました(あります?))。西田先生と水谷先生、残念ながら退職されて今はもういらっしゃいませんが、お二人はその高田馬場の歩道を大きい声で話しながら歩いていた時、「べらべら喋りながら歩くんじゃない!」と怒鳴られたそうです(同じおじさんかどうかはわかりません)。
 今日は入学式。たくさんの新入生が入ってきました。学生には優しいだけでなく、厳しいだけでなく、ビシッと言うべき時にはビシッと、けれどそういう時でも優しさ、温かさを常にもって接していきたいと思います。


  4月2日(水)
 何か事件があった時に、変な話ですけれどそれを起こした人の名前を興味をもって見ます。そして、親はきっとこの名前にこういう夢を託したんだろうなぁとか、こういう人間になってほしかったんだろうなぁとか考えて複雑な気持ちになります。
 私たちの学校の名前、インターカルトの中国語名は「草苑」です。以前「インターカルトを中国語にすると草苑になるのですか」と聞かれたことがありますが、そうではありません。その昔、インターカルトが一教室を借りて日本語学校を始めた保育園のビルの名前が「草苑」だったんだそうです。それがそのままカタカナでは意味の通じない中国語圏での呼び名となり、いつしか学校名になってしまったとか。先日来日した台湾の新入生のお母さんが、成田での入国の時に係官に「娘さんが通う学校の名前は」と聞かれ、「草苑」と答えたところ、「そんな学校はない」。引率してきた台湾事務所のスタッフが慌てて「インターカルト」と言ったら、すんなり通してもらえたということがあったそうです。
 英語名は「Inter-Cultural Institute of Japan」です。インターカルトという名前はその最初の一部分をとったもので、26年前の学校創設の頃、地名を冠した漢字名の日本語学校が多い中、時代を先取りした名前だったそうです。
 けれど今、インターカルトという名前に困ることが時々あります。なんとか真理教の事件が起こって以来、「カルト」という言葉がとても悪いイメージで一般に浸透したために、特に日本語教員養成研究所への入学希望者から「お宅、何かの宗教と関係があるんですか」といった類の質問を受けるようになってしまいました。…とんでもない! わざわざ電話で問い合わせてくださる方の誤解はその都度解いているからいいですが、聞かずに勝手に勘違いしている方がいらしたら、よく聞いてください。インターカルトはインターカルチュラルの省略形です!
 インターカルトの名付け親である創設者は、まさか後に私たちがこういうことで悩むことになろうとは思ってもいなかったでしょう。



  4月1日(火)
 朝6時半に中野でタイ短期遊学コースの学生たちを見送りました。たった2週間の短いコースでしたが、まったくのビギナーだった学生も昨日の修了式ではたどたどしいながらも日本語でスピーチ。皆元気にタイへ帰って行きました。コップンカー!
 昨日、1991年の韓国の卒業生から、私のこの日記を見つけたというメールをもらいました。金南淑さん。もう12年もたっているのに、名前を見ただけで顔がぱっと頭の中に浮かびました。今日本にいて、日本の会社で仕事をしているそうです。卒業以来ずっと会っていないのに覚えていてくれて・・・カムサハムニダ!
 夜、インドネシアの甲斐切清子さんからメール。1992年の私の後の後のインドネシア校の先生。そのままインドネシアに残り、ジャカルタ・コミュニケーション・クラブという学校を自分で始めました。日本帰国の度に会って飲んで話します。甲斐切さんは、ホチキスの中のコの字、「シン」だそうです。テリマカシ!
 3月28日(金)を読んでくださった方へ。“復活”しました。ありがとう!
 今日から4月、桜は満開。10時から日本語教員養成研究所の開講式です。


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