続・続 「駅からハイキング」に、はまっています!

「駅からハイキング」は、駅から駅まで歩くイベントです。
JR東日本が企画・運営しています。

2000年に始まって、今年で18年目です。
私は、おととしの秋から参加しています。
特に準備は必要ありません。参加費は無料です。
駅で、参加賞のバッジ1個と地図を受け取って、スタートします。

しっかり歩いて、いろいろな景色に出会って、気分スッキリ!
この半年は、こんな出会いがありました。

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【 9月 】
日暮里駅→日暮里駅 コース (約11 km)
(2017年9月8日~18日開催)
「都心のオアシスとレトロな街並みをめぐる」

※日暮里の芋坂跨線橋です。

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【 10月 】
蒲田駅→東急洗足駅 コース (約12 km)
(2017年10月6日~15日開催)
「まいせんを知る ~ 歴史上の偉人が大田区に残した足跡をたどる」

※池上本門寺です。

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【 11月-1 】
西日暮里駅→上野駅コース (約7.5 km)
(2017年11月17日~26日開催)
「ひぐらしの里から下町めぐり~風情あふれる谷根千をめぐる~」

※ 根津神社の千本鳥居です。

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【 11月-2 】
水道橋駅→水道橋駅 コース (約13 km)
(2017年11月24日~12月3日開催)
「水と緑に癒され、現代に生きる歴史探訪」

※ 御茶ノ水橋です。

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【 1月 】
北千住駅→南千住駅 コース (約8.5 km)
(2018年1月12日~21日開催)
「4つの芭蕉像と富嶽三十六景の地をめぐる千住散歩」

※不二家 南千住店 店舗前にいるペコちゃんです。

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【 2月 】
中野駅→中野駅 コース (約9.0 km)
(2018年2月9日~18日開催)
「歴史と新しさを感じ、豊かな自然の街をめぐる」

※なかのZERO小ホールです。
2月15日にインターカルト日本語学校 創立40周年記念 特別公演
「が〜まるちょば SHOW & TALK」を開催しました!
ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました!

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スタッフの高橋でした。

創立40周年記念特別公演「が~まるちょばTALK&SHOW」ご報告

 

昨年から行っております40周年記念事業、吉野家阿部会長と小柳師匠の公開講座、大同窓会、に続く3つ目の特別公演「が~まるちょばSHOW&

TALK」が2018年2月15日になかのZERO小ホールにて開催されました。赤いモヒカンのケッチ!がインターカルト日本語学校の日本語教師養成講座の修了生であることから生まれたこの機会、

前半はが~まるちょばの普段のSHOWをたっぷりとご覧いただき、

後半はトークで「パフォーマンス」と彼らの芸に対する想いについてお話いただきました。

 

 

 

 

 

 

 

開演と同時に二人がステージに登場すると、あっという間にが~まるちょばの「空気」に!

何も無い舞台の上も二人にかかれば、情景が浮かび、ストーリーが生まれ、

始まりから終わりまで会場中が笑いに包まれました。

そしていよいよお待ちかねのトークがスタート!

 

 

 

 

 

 

 

司会進行は大迫ゆかりさん

舞台ってやっているように見せる「振り」だけど、本当に怒って泣いてみせるから、伝わるものがあるということや、まったくウケなかった舞台でも、その状況を楽しんで、後でネタにするポジティブ思考、100%を尽くしてウケなかった時は相手が悪かったんだと思い切るいさぎよい話にプロ根性を見せていただきました。
最後の質疑応答でも暖かく真摯にお答えいただき、終了予定時刻を大幅に越えて閉幕しました。

花束を君に

歌詞に焦点化した授業を毎週しています。

80年代、90年代に続き、今季は「アイドルの歌詞の世界」と銘打ち、1曲目はアイドルの曲を取り上げ、2曲目はアイドルとは関係なく、私が好きな曲を「聴け~っ!」とばかりに強制的に聴いてもらっています。

 

とてもいいのです。

アイドルなら60年代の「上を向いて歩こう」by坂本九、70年代の「木綿のハンカチーフ」by太田裕美から「365日の紙飛行機」byAKB48まで。好きな曲でいえば「いっそセレナーデ」by井上陽水も「花束を君に」by宇多田ヒカルも、学生にはすべて受け入れられました。いいね!の連打。

メロディー、旋律もさることながら、注目は詩の力、言葉の力です。いいものは時代も、国籍も超えます。それはまさに、昨年「風をあつめて」byはっぴいえんど が好評だったことからも証明されています。

そして、授業の準備に歌詞を一言一句立ち止まって確認していくと、技巧面を含め新たな世界が見えてきます。聞き流していたときにはまったく気づかない、新鮮な学び。

 

そういえば。

「谷川俊太郎展」が東京・初台の東京オペラシティで開催中。私は谷川さんのファンでも作品の愛好者でもありませんが、一見の価値があると思います。言葉遊びの素材としてのみならず、模倣創作するにも、谷川さんの作品群は格好の素材です。

潤滑油

みなさん、こんにちは、3階スタッフの大阿久です。

 

突然ですが、みなさん、何かコレクションはありますか?カード?シール?フィギュア?私は子供の頃、「ラーメンばあ」というお菓子についていた「覆面レスラーシール」や、SDガンダムのカードダスにはまっていました。よく友達と対決したり、交換っこをしたりしていました。今思えば、これらのものが一つのきっかけで友達の輪が広がったのかもしれません。

 

そして、今はこれです。

 

 

 

 

メタルTシャツです。Tシャツを集めるのが目的ではなく、ライブに行ったらほぼ必ずTシャツを買っていたので、結果コレクションになっているのが正確なところです。古いものでは25年以上前のものがあります。

 

写真にあるのは全然メタルではなく、「ロックTシャツ」なのですが、「メタルTシャツ」の方が言い慣れているのでこう呼びます。最近では「バンT(バンドTシャツ)」って言うのでしょうか?

 

私はロックが大好きで、学生時代は軽音楽部でバンドを組み、毎日ギターを担いで学校に通っていました。

 

社会人になった今でも休みの日はほぼメタルTシャツを着ています。仕事中もお気に入りのTシャツを着たいのですが、さすがにそれはダメですよね(笑)。

 

学校で同じような服装をしている留学生を見ると、なんだか嬉しくなって、「○○のTシャツだね」と思わず声をかけてしまいます。もちろん日本語で(笑)。いきなりの声掛けに学生はちょっとびっくり。そりゃあ、スーツを着ている(自称)お兄さんがいきなり「Slipknotだね!」とか「ガンズだね!」と日本語で声をかけてきたら、「ええ、ああ、はい」と戸惑うのも無理ありません。

 

でも、その声掛けがきっかけとなって、学生との距離が縮まることもあるのです。大好きなロックが自分と他者を繋ぎ、世界を広げてくれています。

 

みなさんは、何かコレクションはありますか? 好きなことはありますか?

 

好きなことや興味のあることが、人と人とを繋ぐ潤滑油になり、自分の世界を広げてくれます。学生時代は、好きなことをとことん突き詰められる、探し求められる貴重な時期です。大切な留学生活が実りあるものになりますように。

 

以上、3階スタッフの大阿久でした。

STAY METAL!

食べることは生きること

みなさん、こんにちは。青山です🐶

最近、いろいろな学生から太ったといわれ、とても体重を気にしています。実は食べることが大好きです。

 

去年の4月に日本へ帰ってきて、去年の7月からインターカルトでお世話になっています。

たまご先生としてインターカルトで勉強した後、台湾の台南にある桜橋外語学院で2年間大人と子供(小学生)に日本語を教えていました。

今日はみなさんに私が住んでいた台南について紹介します。

 

みなさんは台南へ行ったことがありますか。台南は昔の街並みが今でも残っていて、とてもきれいな町なんです。日本の奈良的な感じですね。でも、残念ながら携帯には街並みの写真は1枚もなかったので、今日は食べ物を紹介します。台南にはおいしい小吃(B級グルメ)がたくさんあるんですよ!

 

★豆花(どうふぁー)

ぷるぷるでとろんとろんの豆腐プリンです。とっても甘くておいしいです。安平老街にある安平豆花が一番おいしいですよ!!おすすめはレモン豆花!!

 

★擔仔麵(だんざいみぇん)

上に載っているエビがチャームポイント!とってもかわいいですね。器も量も小さいです。台南にある度小月というお店は日本人観光客でいっぱいです。店員さんは日本語が話せる人もいます。

 

★蚵仔煎(おあじぇん)←台湾語

夜市でよく見る牡蠣のオムレツ。台南のはほかの地域とちょっと違って、ソースが甘くておいしいんです。ぷるぷる、もちもち。

 

★蚵仔麵線(おあみーそあー)←台湾語

どろどろの牡蠣のスープそうめん。ほんとうにすごくどろどろです。やけど注意。具と麺とスープを一緒に食べましょう!

 

ほかにもおいしいものはたくさんあって、冬休みに行ったときは1日に4~5回食べていました!

 

食べ物の話は終わりです。

 

この学校へきて、いろいろな国の学生に教えられて、本当に楽しいです。ありがとうございます。

では、1月からもみなさん、よろしくお願いします!

 

青山

40周年記念特別公演が~まるちょばSHOW&TALK!

昨年から続いておりますインターカルト日本語学校40周年記念事業、次の公演は「が~まるちょば」の登場です。最近、CMや教育テレビ、トーク番組と出演が増えているのでご存知の方も多いかと思います。この二人ですね。

簡単に紹介いたしますと、

“世界が認めたアーティスト”として
これまでに30ヶ国を超える国々のフェスティバルなどから招待され、その数は200以上にのぼる。
1年の約半分を海外公演に充てていたが、近年は国内の舞台公演を中心に活動している。
しかし、現在も世界中から数多くのオファーが後を絶たず、海外公演と国内公演の両立を果たしている。

 


実はケッチ!(赤いモヒカンの方)はインターカルト日本語学校日本語教員養成研究所の修了生なんです。
が~まるちょばはパントマイムを主体とするサイレントコメディアンです。
なぜ言葉を使わないコメディアンのケッチ!が言葉を教える日本語教師の勉強をしたのか?
世界を舞台に活躍するが~まるちょばがどうやって言葉や文化の壁を越えて体一つで観客を惹きつけるのか、
私たちがふだんの生活でことばの壁を感じて右往左往してしまうこと、
例えば近所に引っ越してきた外国人の家族をお手伝いしたいけど、どうしていいかわからない、とか
日本語ボランティアをしているけど、日本語だけでコミュニケーションを取るのがとっても大変、とか
お店をやっていて外国人のお客様が来た時どうしていいかわからずあたふたしちゃう、なんていう皆さんがたくさんの気づきとヒントを得られる公演です。
普通の公開講座とも公演とも違って、が~まるちょばのSHOWと、その後のトークと二本立てで楽しめてためになる公演です!
お見逃し無く!

申し込みはこちらから!

創立40周年記念「大同窓会」のご報告

1977年に開校したインターカルト日本語学校は、

今年創立40周年を迎えました。

その記念事業の第二弾として、大同窓会を、12月3日(土)夕刻より

浅草ビューホテルにて開催いたしました。

 

創設期より大変お世話になっている韓日協会理事長 宋富永様に
乾杯の発声をいただき、会は幕を開けました。

 

インターカルト日本語学校の校長、日本語教員養成研究所の所長を

務められた中村壽子先生の祝辞では卒業生一同は懐かしさで胸がいっぱいになり、
インターカルト教職員一同は背筋がピンと伸びました。

会場には世界各国の、台湾や中国、香港、韓国から、それに日本にずっと住み続けている卒業生たち、
日本語教員養成研究所の修了生たち、総勢260名が駆けつけてくれました
当日参加できなかった養成研究所の修了生からのビデオレター上映があり、アメリカやエジプト、マレーシア、ギリシャ
で活躍の様子を紹介してくれました。


25周年のビデオ上映では多くの人が歴代の校舎の様子をじっと見入っていました。

会場のあちこちで、懐かしい顔を見かける度にわっと歓声があがり、
話に花が咲きました。


40年という時を越えて、違う校舎の、国も年齢も違う人同士が
親交を深める様子が多々見られました。

次の同窓会まで元気でがんばるぞ!という掛け声とともに再会を約束して会は幕を閉じました。

 

来る12月3日にインターカルト日本語学校の創立40周年の大同窓会が開かれます。

それを前に、ふと30周年の時の記念冊子に寄せた自分のメッセージを読み直してみました。

 

5年前、それまで勤めていた会社を退職し、インターカルトの門を初めて叩きました。信濃町駅前の大通りを外れて脇の小さな坂道を下っていくとき、将来の自分の姿の姿を見たようで言い知れぬ不安を感じたことを思い出します。その後は、時にその日の自分の授業を悔やみながら、時に日本語教師への道の険しさを感じながら、その坂道を上りました。それもあと数ヶ月。新しい町の新しい道をどんな気持ちで歩くのか楽しみです。また今後、学生たちがそれぞれの人生の大通りを明るく闊歩するよう願い、努力していきたいと思います。『30周年記念メッセージ集』(2007年12月1日)発行

 

転職して日本語教師になった当時の心境、秋葉原に新校舎ができて移転するときの希望を「道」になぞって書いていました。

 

JR信濃町駅前の外苑東通りからインターカルトに向かう下り坂

 

坂の下からJR信濃町駅に向かって上る

 

「道」というと、高村光太郎の「道程」をまず思い浮かべる人も多いでしょう。

 

自分の歩んだ道のりは、そんなにりっぱなものではありません。

坂道を上ったり、下ったり、道草食ったり、寄り道したり、ふらふらと横道に入って裏道を覗いたり、あわてて逃げ道を探したり、近道のつもりが回り道になったり、先が行き止まりで道に迷ったり、無理に急いで追越車線を走って途中で失速したり、結局もとの道に出てしまったり、岐路の前で立ち尽くしたり、誰かが道しるべになってくれたり、交差点で思わぬ人と出会ったり・・・。

 

でもどうにかこうにか、ここまで歩いて来られたのは沿道の皆さんの応援があったからこそです。ありがとうございます。

 

実は冒頭のメッセージを書くとき思い出したのは、こちらの詩でした。

 

 

この道を行けばどうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せばその一足が道となり

その一足が道となる

迷わずゆけよ

行けばわかるさ

アントニオ猪木『猪木寛至自伝』

 

最後の「行けばわかるさ」というところが気に入りました。

そう、逆に言えば、先が分からないから歩いているのかもしれませんね。

 

卒業生の皆さんも、それぞれの道を自分なりに元気に歩んでいてくれればなと思っています。

 

それでは皆さん、ご一緒に

行くぞ~!!!!!

1、2、3、ダ~~~~~~~~~!!!!!

 

創立40周年記念「公開講座」のお礼とご報告

1977年に開校したインターカルト日本語学校は、
今年創立40周年を迎えました。
その記念事業の第一弾として、落語家の春風亭小柳師匠、
吉野家ホールディングス安部修仁会長をお迎えした
公開講座「俺のバトンの渡し方」を、10月23日(木)夕刻より
四谷区民ホールにて開催いたしました。

司会は、現職のアナウンサーであり、
インターカルト日本語教師養成講座、
「ヴォイストレーニング」の講師の大迫ゆかり先生。
当校代表、加藤早苗が40年を振り返っての挨拶をし、
いよいよ会が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の登壇は、春風亭小柳師匠による落語「茶の湯」。
蔵前の大店の身代を息子に譲ったご隠居さんの失敗話に
会場が湧きました。

小柳師匠はインド、サウジアラビア、カタール、ヨルダン、
イギリス、インドネシアでの海外公演、日本国内での小中学校、
高校での学校公演など、積極的に活動、
インターカルトの日本語教師養成講座では
「パフォーマンス基礎講座」を担当してくださっています。

そして、続いての登壇は、吉野家ホールディングスの安部修仁会長。
安部会長が今日に至るまでの忘れられない方たちのお話から始まり、
安部会長が仕事観を語る場面では、会場のあちこちで、
ノートを取り出しメモをする姿が見られました。
最後は、いかにして後継者を選ぶか、その時のポイントは何か。

 

 

 

 

 

 

 

会場においでくださった皆さんが、
それぞれご自身が置かれた立場から安部会長のお話を聞いて感じ、
それをお一人お一人のエキスとして吸収し、お帰りくださいました。

ご登壇くださいました、
春風亭小柳師匠、吉野家ホールディングス安部修仁会長、
そして会場に足をお運びくださいました皆様、
本当にありがとうございました。

インターカルト日本語学校は次なる50年、100年に向けても
変わることなく、いつまでもインターカルトらしく、
自由闊達、明るく大らかに歴史を作ってまいります。

これからも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

学生になる

10月から新学期が始まり、私は中級クラスの担任をしています。もう初級文法の勉強は終っているので、簡単なやりとりは日本語でできるはずで、授業内での教師とのやり取りはみんなきちんと日本語でしています。ただ、休み時間になると、中国や台湾の学生は中国語、欧米圏の学生たちは英語で話すことが多いようです。せっかくなので、ずっと日本語で話してくれないかなぁ…と思いながらそんな光景を見る日々。

私は今年の夏休み、例年の海外旅行はやめて、合宿制英会話学校なるものに5日間行ってみました。山の麓の某運送会社の研修施設を買い取ったそうで、周りには民家さえあまりなく、一番近いコンビニは車で10分…。

「24時間英語以外禁止」とうたわれていて、どんなことになっているのかドキドキしましたが、そのルールは忠実に厳しく守られており、私も馬鹿正直なほどきちんと守ってしまい(笑)、こんな状況もつくれるんだと、日本人って本当にまじめだな、と改めて思いました。

午前午後に3つずつ授業があり、一日3食、講師もやってきていっしょに食事を取り(もちろん英語以外でやりとりはできず)、入浴タイムは部屋に風呂がないので、共同風呂へ。そこでも、声が反響する風呂場で真っ裸で、怪しげな英語でのやり取り。誰も見ていないのに!

私を含め そう英語が上手ではなくても、「間違った英語を話すことへの恐怖感」は軽減されるような気がしました。苦しさはそれほど感じず、それなりに楽しめましたし。

初級前半はレベル的にも苦しいとは思いますが、中級以上の日本語のクラスでも、こんな雰囲気を作れたらいいのになぁと思えど、どうすればいいかとなると難しいですね。

毎日いろいろなテーマでの授業があり、毎晩どうにか日本語授業に応用できないかとベッドで考える5日間。そして、帰りのバス内で初めてクラスメイトと日本語で話し、「この人大阪弁話すんだ!」とかお互いの苗字や年齢を知って盛り上がったり、まだ英語で話しかけたり答えたりしそうになったりという不思議な経験をしました。

今期から少しずつでも、自分の日本語授業に活かしていきたいなぁ。…がんばります。