Archive for 日本語に関すること

エラベレル?

ブログの担当、前回が2015年3月12日なのでなんと1年11か月ぶりの登場です。半年に1回程度担当が回ってくるはずですが、2年近くもさぼっておりました。おまけに1週遅れ。さらにログインパスワードも忘れ再設定する始末。
まあ尤も待っていたという方は皆無だと思いますが。

日本老年学会・日本老年医学会が「高齢者」として定義される年齢を65歳以上75歳以上に引き上げ、65歳~74歳は「准高齢者」とするという提案をしたというニュースが1月の上旬にありました。
現行の「高齢者」とされる年齢を65歳以上としたのは60年以上前こと。
その当時の平均寿命を調べてみると男性:63.59歳、女性:67.54歳、65歳以上は全人口の7%程度だったようです。
それが2015年には、男性:80.79歳、女性:87.05歳、65歳以上は全人口の3分の1。ずいぶん変わったものです。
確か私が子供のころ(半世紀近く前のことです)70代の方は結構な?年寄りに見えていたような気がします。それに比べ今の70代はとてもパワーのある方も多いようにも思えます。これは私がその域に近づいてきているせいなのでしょうか。やはり子供の目から見たらやはりかな私たちに見えていたのと同じような見え方をしているのでしょうか。
現行では高齢者の仲間入りする年まで秒読みに入った身としては10年も経たないうちに「高齢者」と呼ばれることを想像すると正直言ってあまりうれしくはないかなと思います。
年金支給年齢を引き上げて年寄り連中もよれよれになるまで働けということになる布石の意味もあるのでしょう。
それはともかく言葉の定義に限らず言語というものは、変わっていくものなのでしょうね。

電車で誰かが話しているのが耳に入ったかテレビだったかははっきり覚えていないのですが、次のような表現を耳にしました。
「どちらか一つと言われても選べれないよ」
これを聞いて「ん?」と思いました。なぜそう思ったかはお分かりですよね。
まあ、その時はこの人だけの誤用あるいは言い間違いなのだろうと思っていました。
ところが、それからそれほど長くない間に次のようなものにも出くわしました。
「これじゃ火が消せれないじゃない。」
「コンパクトにしまえれるので便利です。」
「これだったら続けていけれると思いました。」
ほかにもいくつかはあったような気がしますが、根が無精でメモを取っておらず思い出せません。

通常はというか正しくは
「どちらか一つと言われても選べないよ」
「これじゃ火が消せないじゃない。」
「コンパクトにしまえるので便利です。」
「これだったら続けていけると思いました。」
となるかとおもいます。

選べない→選べ-れ-ない
消せない→消せ-れ-ない
しまえる→しまえ-れ-る
続けていける→続けていけ-れ-る
のように「ない」/「る」の前に「れ」が挿入されるという現象が起きているのですね。

なぜこのような現象がおこったのでしょうか。

日本語教育関係の方には説明するまでもないことですが
来る・するは不規則変化ということで除外して考えると
動詞は二つに分けられます。
一方は1グループ、五段動詞、子音語幹動詞
他方は2グループ、一段動詞、母音語幹動詞などと称するものです。
私個人としては、子音語幹動詞・母音語幹動詞という概念を使ったほうが合理的だと思うのでこちらを使います。

可能形の変化を順を追っていくと諸説あるでしょうが次のようにも考えられるかと思います。
1.可能の表現を
子音語幹動詞:語幹-arer-u 例.書く(kak-u) → 書かれる(kak-arer-u)
母音語幹動詞:語幹-rare-ru 例.食べる(tabe-ru) → 食べられる(tabe-rare-ru)で表すようになった。
これ、子音語幹動詞と母音語幹動詞で違うルールのように見ます。
しかし 語幹-rarer-u/ru というルールだが、子音の重複を避けるために
子音語幹動詞では頭の「r」が母音語幹動詞では末尾の「r」が脱落したと考えると
1つのルールとして考えられますが、無理があるでしょうか。

2.それが、子音語幹動詞のみ可能動詞が使われることが主流となった。
母音語幹動詞では語幹-rare-ruがそのまま変化せず。
子音語幹動詞:語幹+eru 例.書く kak-eru
形の上では、書かれる(kak-arer-u)から「ar」が脱落した形になっています。

3.実際の運用では「食べられる」→「食べれる」のように
「ら抜き」と言われる形が話し言葉では使わるようになってきた。
食べられる(tabe-rare-ru) → 食べれる(tabe-re-ru)
実はこれも、食べられる(tabe-rare-ru)から「ar」が脱落した形なのですね。
つまり子音語幹動詞がたどった道を母音語幹動詞も追いかけた、
子音語幹動詞のみが変化してしまい2つのルールになってしまったものが、
また1つになる方向に動いたとも考えられると思います。

次が今回の変化についてですが、
4.書ける「kake-ru」の「kake」と「ru」の間に「re」が挿入され、書けれるとなった。、
子音語幹動詞が語幹-eruになったことにより「kake-ru」のように母音語幹動詞に化けてしまったわけです。
そうすると母音語幹動詞の可能形(tabe-re-ru)と形の上の違いが出たために形を合わせる「re」が挿入され書けれる「kake-re-ru」となったと考えることができるのではと思います。
延々と前置きを書いておいて、非常にあっさりとした推測ですみません。

実際にはこのような変化は起こっていくのでしょうか。

ところで日本語教育では何を正しいとしているのかというと、

まず、20年も前のことなのですが、
平成7年に公表された「第二〇期国語審議会 新しい時代に応じた国語施策について(審議経過報告)」に次のような記述があります。
『国語審議会としては,本来の言い方や変化の事実を示し、共通語においては改まった場での「ら抜き言葉」の使用は現時点では認知しかねるとすべきであろう。』
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/20/tosin03/09.html

また、平成28年2月~3月に文化庁が行った平成27年度「国語に関する世論調査」の中に
二つの言い方のうちどちらを使うかという項目があります。その結果
「食べられる」「来られる」「考えられる」は「食べれる」「来れる」「考えれる」を上回っていたものの
「見れる」が「見られる」を、「出れる」が「出られる」をこの調査で初めて上回ったそうです。
ただ、その結果の脇に次のような記述がなされているので、前述の「ら抜き言葉」の使用はまだ認知できないという立場はいまだに変わっていないのでしょう。
『「食べれない」,「来れますか」,「考えれない」,「見れた」,「出れる」は,これまで共通語においては誤りとされてきており,新聞などでもほとんど用いられていない。』
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016092101_besshi.pdf

日本語校では
可能形は 子音語幹動詞:語幹+eru、母音語幹動詞:語幹-rare-ru
であると教えている・・・はずです。(教師の立場を離れてしばらくたっているのでこんな表現になってしましました。)
今後文化庁がいわゆる「ら抜き」以降の変化を認知するのかどうかはわかりませんが、認めていないという現状においては現場では教師に限らず職員もいわゆる「ら抜き」を使わないように注意すべきだと思いますが、この件に限らず「???」という表現やアクセントなどが使われているというのが現状のようです。
直接教える立場ではないとしても、意識していきたいものです。(自戒を込めて)

それでは次回はできるだけサボらないようにします。
高井でした。

間(ま)と間(あいだ)

明けましておめでとうございます。

教務の米山です。

相撲を観ていて不思議に思ったことがあります。それは取り組み(試合)の始め方です。何度も仕切りをして、両者の呼吸が合った瞬間に始まることがあります。つまり力士両者の「立合い」に任されているんですね。

「立合い」に関して、Wikipediaにはこう書かれています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%90%88%E3%81%84

力士同士が呼吸をあわせて「立ち合う」のが語源。審判など第三者によらず、競技者同士の合意によってはじめて競技が開始されるという意味で、対戦形式のスポーツの中ではきわめて稀有な形態である(詩人ジャン・コクトーは「バランスの奇跡」と讃えた)。

 

現在は制限時間一杯になってから始めることが多いですが、ラジオ放送が開始される前は制限時間はなかったそうです。

お互いの呼吸の「間(ま)」を合わせるために、仕切りをする時間「間(あいだ)」が必要なのかもしれませんね。

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ドラムのインストラクターの方の本を読んだことがあります。

ある三味線のお師匠さんに呼ばれて、邦楽の方々の中にまじってドラムを叩いたことがありました。そこでマイッタのが曲のスタートです。洋楽だったら、まずまちがいなく「1・2・3・4」とカウントがあって曲に入るのですが、邦楽にはこれがない。お師匠さんの「ハッ」で入っちゃうんです。これにはどうしてもついていけなかった。(『リズムに強くなるための全ノウハウ』市川宇一朗)

 

西洋のリズムは「時間の進行」に支配され、日本のリズムは「時」とか「刻」ではなくて、「間(ま)」によって支配されているのだそうです。

いずれにせよ、「間(ま)」というのは、「間合いを取る」という言葉にも表されるように相手との距離があってはじめて成立するわけです。そこにはお互いの暗黙の了解(信頼)が存在するのではないでしょうか。。

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私は夕食をすき家や日高屋でとることがよくあります。

食べ終わってレジに行くと、店員はこう言います。

  1. ラーメン390円と餃子210円で600円になります。
  2. 1000円お預かりします。
  3. 400円お返しです。ご確認ください。
  4. ありがとうございました。
  5. こちらレシートとサービス券です。次回お使いください。
  6. またお願いします。

別に問題ないですね。

ただ、私はファーストフード店でも、できるだけ「ごちそうさま」と言うようにしています。ところが、その「ごちそうさま」が入れられません。最後に言おうとしても、店員はすでにどこかへ行ってしまっています。

今はどこの店でもきちんと接客用語を使っています。でも店員も会社もその間(あいだ)に客の言葉が入ることなど想定していないのでしょう。普通は客も黙っています。だから最初から最後まで全く「間(ま)」がなく、店員が一方的に早口で言葉を並べているんだと思います。

まあ、ほとんどの人には必要ないのかもしれませんけど、私は一生懸命働いている店員さんには「ありがとう」「ごちそうさま」と一言声をかけたくなります。それがカワイイ女性だったらなおさらです。

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ただ、よく言われるマニュアルの接客用語には気持ちがこもってない、という話とはちょっと違います。

先日、久しぶりにヤフーオークションを利用しました。落札すると取引ナビで出品者と落札者の間に以下のようなやり取りが始まります。

<出品者>このたびは落札いただき、ありがとうございました。出品者の山田太郎と申します。お取引終了までどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、お支払い方法などにつきましてご連絡させていただきます。(中略)それでは、ご連絡をお待ちしております。

<落札者>ご連絡ありがとうございました。田中花子と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします。以下、ご連絡申し上げます。 

<出品者>出品者の山田です。ご返信ありがとうございました。商品代金○○円、送料○○円、合計○○になります。ご入金されましたらお知らせください。 

<落札者>田中です。本日、入金しました。ご確認ください。それでは、商品が届くのを楽しみにしております。よろしくお願いします。 

<出品者>出品者の山田です。ご入金を確認しました。ありがとうございました。本日、商品を発送しました。到着までいましばらくお待ちください。 

<落札者>田中です。本日、商品を受け取りました。このたびはありがとうございました。評価をさせていただきました。ご確認ください。またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。 

評価:非常に良い 商品無事に届きました。迅速で丁寧な対応をしていただきありがとうございました。機会がありましたらまた利用させていただきたいと思います。 

一般的な手紙やメールのやりとりと同様です。実際には受け答えの雛形を作って、特に感情を入れることなくコピペで送っている人も多いと思います。でも、そこには相手が返信してくることを前提として、やり取りに「間(ま)」があります。きちんと連絡が来ると安心するし、相手に対して信頼感も出てきます。そして品物が届く「間(あいだ)」も安心して到着を楽しみにすることができます。

ところが、今回落札後に取引ナビ(ベータ版)を開くと、新システムに変わっていました。あらかじめ用意されたフォームに必要事項を入力していくだけです。お互いに言葉をやり取りする必要はありません。最後の評価も用意されたテンプレートから選びます。

確かに手間もわずらわしさもなく、簡単で楽です。どちらがいいかは、意見の分かれるところでしょう。

最後に私も指示通りにテンプレートから選んで評価しました。

評価:非常に良い ありがとうございました。とても良い取引ができました。また機会がありましたら、よろしくお願い致します。 

ほどなく出品者からも連絡が来ました。

評価:非常に良い ありがとうございました。とても良い取引ができました。また機会がありましたら、よろしくお願い致します。

やはり、生きた言葉には相手との「間(あいだ)」に「間(ま)」が必要なんですね。

 

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落札した沢田研二のDVD6枚組ボックスセット。ほぼ新品同様の美品。包装も丁寧で迅速に対応してくれたので、一言お礼の気持ちを伝えたいと思いましたが。

 

ご協力を!

政治に興味があるわけではありませんが、昨日は投票に行ってきました。(ある意味しかたなく)

現行では、数多くの人が白票を投じたとしても無効票として扱われてしまい、選挙区からは誰かが必ず当選してしまうシステムとなっているようですね。
ぜひ、この選挙区には議席不要という欄を投票用紙に入れてもらいたいものです。そうすれば喜んで投票所に行くんですがねえ。
まあ、それはさておき、投票所の受付に次のような張り紙がありました。

「確認のためお名前をお呼びします。御理解・御協力をお願いいたします。」

「御理解」この部分は”理解”できます。しかし、「御協力」、これはいったいどうしろというんでしょうか。仮に、「名前なんぞ呼ばれたくない」と言ったらどうなるのでしょうか。投票させてもらえなくなるのでしょうか、別室に連れていかれてきついお叱りを受けることになるのでしょうか。試してみればよかったのでしょうが、ヘタレなもので何も言えず、名前を呼ばれ、「はい」と返事までしてしまいました。
この張り紙だけでなく、最近「(ご理解)、ご協力をお願いします」という表現がやたらに使われている気がするのですが、気のせいでしょうか。もっとも「ご理解、ご協力をお願いします」という表現でもいいのではというケースのほうが多いとは思うのですが、どうも、御協力じゃないだろうと思えるものもあるようで。(多少、表現を変えているものもありますが。)

住宅地を走行するため、速度を落として運転いたします。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。(中央線・西武新宿線・西武池袋線沿線を中心に運行するKバスの車内放送)

減速運転にどうやって協力すればいいんでしょう。おもりでも持って乗れと?

当駅では一旦ドア閉め整列乗車を実施しております。お客様の降車がお済みになりますとホーム側のドアが一旦閉まります。ドアが再び開きましたらご乗車いただきますようご協力をお願いいたします。(元国有鉄道のM駅の放送)

「ドアが再び開きましたらご乗車ください」で十分なのでは?この話題とは関係ありませんが、「ホーム側のドアが一旦閉まります」じゃ、ホームでない側のドアはどうなっているんでしょう?

XX市では水道料金の見直しがされました。その結果、YY年MM月請求分から平均改定率13.8%の値上げをすることになりました。皆さんのご理解とご協力をお願いします。

節水に協力してくれというのならわかりますが、これは値上げの通達であって、協力もへったくれもないと思うのですが。

市内には、つぎの通り献血ルームと日赤プラザ献血ルームが常設されていますが、その他にも献血バスが各校区・企業・学校などを巡回しています。献血バスの校区巡回日程(企業・学校は除く)は下記のとおりです。皆様のご協力をお願いいたします。

協力の意味が分かりません。字面からは「献血にご協力を」には思えません。

乗務員がトイレに行くなどバスから離れることがございます。そのような場合、バスジャックやテロ等の危険からお客様を保護できない等の観点から、大変恐縮ではございますが乗務員が戻り次第のご乗車とさせていただきます。お客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、ご理解・ご協力をよろしくお願いいたします。

乗務員がいたとしてもバスジャックやテロ等があったらどうしようもないかもしれませんが、一応乗客の安全確保のためにやっているわけで、こんなにへりくだる必要があるのでしょうか。

S市議会議員は市内の各種行事に金品を贈ること、お中元、お歳暮、花輪や祝儀等(親族などを除く)を贈ること、年賀状や暑中見舞いなどの挨拶状(自筆の答礼を除く)を出すことは公職選挙法で禁止されていますので厳守します。求める側も罰せられますので、市民の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

犯罪になるのでやらないよう協力してくれ・・・協力するしないの問題ではないのでは?

 

またまた言葉の使い方に難癖をつけるコーナーとなってしまいました。
いっそのことネタが見つからないとき以外はこの線で行こうかと思う所存です。

皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

以上、高井でした。

日本の変なところ Part2 / Strange things about Japan

最近海外に向けて学校の宣伝をする機会が多く、その度に「他の文化について知ることは自分の文化を見つめ直す良い機会になる」ということを言っています。

ということで今回は私たちの日常の光景が外国人にとってどう見えているかリサーチし、個人的に面白いと思ったものを選んでみました。あくまでも他からの視点なのでちょっと違う・・・というところもありますが・・・

1.Polite sharking

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(原文訳)

日本が世界一礼儀正しいと言える行動の一つが、誰かの前もしくは話し中の人たちの間を通るときに見られる、小さな声で「すみません」と言いながら手を自分の顔の前に広げてあたかも空気を切っているもしくはサメの背びれが揺れるような動きである。

確かに…私も必ずやってしまいます。この動きっていつから始まったのでしょうね。

 

2. Gesturing “go away” to communicate “come here”

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(原文訳)

日本で目にする一番やっかいなジェスチャーが「おいで」で、ほとんどの国の出身者の人がこれを見たら「あっちへ行け」と勘違いすることだろう。注意深く見てみると、日本人の「おいで」は主に指だけが動いているが、欧米などの「あっちへ行け」は手首から先全体を使っている。まあ、言っておくが日本人はとても礼儀正しいので酔っ払ったりしていない限り滅多にジェスチャーで「あっちへ行け」なんていう態度は示さない。

私もこれ結構気を付けています。ですがやはり海外ドラマなどで見るような人差し指を使って人を呼ぶのに抵抗があります。

 

3.お土産の習慣

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(原文訳)

日本社会では休みを取ることがとても大変で貴重であるため、休んで旅行に行った暁には同僚に不在中に迷惑をかけたお詫び、もしくは旅行での楽しさをお裾分けするためにお土産を買っていくことが義務のようになっている。海外では会社のみんなにお土産を買っていくというのはちょっと変である。お土産を買うことが面倒くさいと思っている日本人もいるようだが、その気持ちとは関係なく旅行先でお土産を買うということは必要不可欠だと考えているようだ。

これは意外です!もちろん大手企業とかなら全員分のお土産を買うなんて大変でしょうが、気持ちの問題ですよね。

 

4.お土産に対する謙遜

3番のようにもあるようにせっかく買ったお土産なのに、「つまらないものですが(=This is a boring thing but…)」と言いながら渡す。

この言葉は決まり文句のように使っていたのですが、英語で直訳するとかなり変に思えました。

 

5.ケンタッキーフライドチキン

KFC

 

 

 

 

 

 

(原文訳)

日本食がとても健康食だということは有名だが、日本人はアメリカなどで流行っている食べ物に弱い。特にフライドチキンである。日本の街には至る所にケンタッキーがあり、店頭では実物大のカーネル・サンダーズが出迎えてくれる。キリスト教がそれほど多くない日本だが、なぜか日本ではケンタッキーがクリスマスイブのマストアイテムとなっており、当日には店の外にまで長い行列ができるほどである。

私も去年はケンタッキーをクリスマスに食べました。これもいつから始まったことなんでしょうね?

 

6.キットカット

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(原文訳)

日本人は新しい食べ物や飲み物が大好きである。特にキットカットは音が偶然にも「きっと勝つ」に似ていることからとても人気がある。学生はテストの前などにお守りとして買ったりもらったりしている。欧米の国ではミルクチョコレート味しかないのに対し、日本には焼きトウモロコシ味、醤油味、味噌味、チーズ味、焼き芋味などがある。

私もこの前定期テスト前の学生にキットカットとかつ丼を食べるように勧めました。理由を知ってその学生もとても興味深そうに聞いていました:)でもまさかこんなに種類があるなんて!

 

7.カプセルホテル

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(原文訳)

旅行中に通常のホテルのようなアメニティーはいらないと思ったことはないですか?全部を使わないと損をしたなんて気分を味わったことがあるかもしれない。日本はそんな無駄を省くべくカプセルホテルというものを作り出した。カプセルホテルはロッカーのように2段になっており、広さは人一人眠れるくらいだが、テレビ、wifiなども使え、自動販売機や洗濯機は共有となっている。ほとんどは男性用だが、階を分けて女性用もある。

私も一度は行ってみたいカプセルホテル。実際に学生もわざわざ週末にカプセルホテルに泊まりに行ったりしています。

 

8.パチンコ

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(原文訳)

パチンコとはピンボールとスロットを合わせたようなものだ。玉を弾いて入ったところによって更に玉が増えるという仕組みになっている。ギャンブルは法律上禁止されている日本だが、玉は景品と交換することができる。収益はラスベガスの約2倍にも上っている。

行ったことないのでわかりませんが、ギャンブルと何が違うのでしょう??

 

9.八重歯

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(原文訳)

欧米ではまっすぐで揃った歯が良いとされているので矯正器具などで痛い思いをした人も少なくはないはずだ。だがここ最近日本女性の間では八重歯が流行りだしているようである。もともとある歯に八重歯のキャップをかぶせたりして笑ったときに詰まっている歯並びを見せつけている。

そうなんですか?どうしてですか?かぶせものをしてまで八重歯??????

 

10. 学校の清掃員

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(原文訳)

欧米の学校では清掃員が子供たちが散らかした教室を掃除をしたり修理をしたり姿がよく見られるが、彼らの存在はなくてはならないものである。だが日本の学校ではそうではなく、誰かを雇って掃除をしてもらうかわりに生徒が自分たちで教室の掃除をするよう指導している。教室だけでなくみんなで一緒に床を磨いたりトイレ掃除などのための時間がちゃんと用意されている。また、昼食はカフェテリアなどではなく、自分たちの教室で先生と一緒に食べていて、自分たちで配って準備をしている。

懐かしいです!やっているときは面倒くさかったですが、今となっては懐かしい思い出。そしてあの経験がなかったら自分では掃除をしない生活になっていたかもしれません・・・

 

というように外国人から見た日本は言い出したらキリがないほどありますが、外からの視点を知るって自分の国を見つめ直すのにとても役立ちますよね。今後も日本の文化良いも悪いも全部含めて海外に発信できたらと思います。

以上3階の田村でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひっかかってしまうもので・・・

季節とは全く関係ない話題で。

JR東日本の秋葉原駅にあるポスターが貼ってありました。

それはエスカレータを歩くと危険だから、歩くのはやめてくださいね。ということを伝えたいものだと思うのですが、そこに書いてある文を読むと、

「エスカレータは立ち止まって乗るものよ」

とありました。ただ、みなさんはどうお感じになりますか。私は読んだ瞬間「てやんでぇ、べらぼうめぇ!そんな器用な乗り方なんかできるかぃ!」と思いました。(ちなみに私は江戸っ子じゃありません)

交通機関のアナウンスの中には、変だったり、訳が分からなかったりするものが結構あるような気がします。最近、聞いた中で思いつくものをいくつか挙げてみます。

1.駅のホームのアナウンス
1番線に電車が到着しております。危ないですから黄色い線までおさがりください。

2.駅のホームのアナウンス
ドアが閉まっております。無理なご乗車はおやめください。

3.電車、駅停車中のアナウンス
当駅で特急列車の通過待ちを行います。X時Y分の発車でございます。5分ほどお待ち合わせください。

4.バスの車内アナウンス
ベビーカーに、お子様を載せたままご乗車する際は、補助ベルト付きの座席で、後ろ向きに固定し、しっかりと支えてください。また、ベビーカーに荷物を載せてのご乗車や、車内混雑時にはたたんでご乗車願います。

5.バス走行中のアナウンス
当路線はご乗車の区間によって運賃が変わります。ご乗車時に降車停留所を乗務員にお伝えください。

何か引っかかるものがあるでしょうか。別に変なところはないのでは?とお思いでしょうか。それともこれのどこが変なのよ、とお思いでしょうか。

 

私は次のように感じました。実際に思ったことを文字にしたので、きれいな言葉とは言えませんが、その点はご了承ください。

1.到着してるっちゅうから階段走って降りたのに。おかげで転びそうになったじゃねえか。

2.閉まっているのに無理な乗車って、窓から乗ろうとしてる奴でもいるのか?
・・・そんなわけねえか。

3.誰とも待ち合わせなんかしてねえよ。だいたい5分間待ち合わせるってどういうことよ!

4.ベビーカーに荷物を載せてのご乗車や・・・これ何が言いたいのよ!
それから、客に対して「ご乗車する際は」って何だよ!

5.停留所でのアナウンスならともかく、すでにお金を払って乗っている客に対して言っても意味ないだろうが!

 

巷には所謂”変な”日本語があふれているように感じます。性格なのか仕事柄なのかはたまたほかの原因なのか、どうもこういうものにひっかかってしまいます。

 

そんな中、正しい日本語を身につけてくれている、学生のみなさんに敬意を表します。

 

高井でした。

線までさがれと言うけれど

本題に入る前に2点ほど

その1

2本の平行な白線の間に線に対して垂直方向を向いて立っています。線の幅は30センチ、足のサイズを25センチということにします。なぜ線なのに幅があるのだ、という声もあるかもしれませんが、数学ではないので大目に見てください。
ここで、「白線までおさがりください」言われました。どのような動きをしますか。選択肢 1~6 の中からひとつ選んでください。

1.前に進み、かかとが前方の線から離れている(接していない)状態で立つ。
2.前に進み、前方の線に乗っている状態で立つ。
3.前に進み、つま先が前方の線に接している状態で立つ。。
4.後ろに進み、かかとが後方の線に接している状態で立つ。
5.後ろに進み、後方の線にのっている状態で立つ。
6.後ろに進み、つま先が後方の線から離れている(接していない)状態で立つ。

「おさがりください」というのですから 1 ~ 3 だという方はいらっしゃらないと思います。私は4なのですが、5または6という方もいらっしゃるかもしれません。

その2

島式ホーム、相対式ホームという言葉が出てきます。字面からわかるとも思いますが一応簡単に説明しておきます。ご存知の方はこの部分を読みとばしてください。

島式ホームとは、次の図のようにホームの両面に列車が発着する形状のホームのことです。

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図ではホームの両側の進行方向が逆になっていますが、進行方向が同じ場合もあります。秋葉原駅のつくばエクスプレス、JR山手線・京浜東北線のホームがこのタイプです。

相対式ホームとは次の図のように片側に列車が発着するホームが向かい合っているタイプです。

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秋葉原駅のJR総武線、東京メトロ日比谷線のホームがこのタイプです。

 

前置きが長くなってしまいました。

東日本旅客鉄道(JR東日本)中央線のある駅で電車を待っていると次のようなアナウンスが流れました。

「間もなく4番線を電車が通過します。危ないですから黄色い線までおさがりください。」

このアナウンス、どう思いますか?

私、こう見えても・・・どう見えているかわかりませんが・・・見えていませんね。日陰で生きているとはいえ、蚤につく虱ほどの常識なら持ち合わせているので、どうすればいいかはわかっているつもりです。

そのとき、「黄色い線までさがる。」 これを言葉通りに動いたらどうなるんだろうということが頭に浮かびました。

先ほどの行動パターンとあわせて考えると、

黄色い線より線路側に立ち、線路のほうを向いて待っており、6の行動をとる人は、問題ありませんが、
同じところで待っていても 4 または 5 の行動をとる人は駅員のヒステリックなアナウンスで注意される、運転手に警笛を鳴らされる、あるいはその両方を浴びるかのいずれかでしょう。

4の行動をとる人が黄色い線よりホーム中央側に立ち、線路に背を向けて待っている場合は、セーフといえばセーフですが線路に向かって後ずさりしてくる客を見て運転手は危険を感じ、警笛を鳴らすでしょう。

6の行動をとる人が黄色い線よりホームの中央側に立ち、線路に背を向けて待っていた場合に至っては電車を数時間止めてしまうという惨事をひきおこすことにもなりかねません。

さらに屁理屈をこねれば、
島式ホーム、例えば、JR御徒町駅の山手線内回り(3番)・京浜東北線北行(4番)ホームで電車を待っているとします。3番線の黄色い線のホーム中央寄りに線路側を向いて立っている場合は、4番線の黄色い線までさがらなければならないことになってしまいます。特に6の行動をとる人は・・・

つまり「黄色い線までさがる」ことでアナウンスの意図通り危険が回避されるのは、”黄色い線より線路側に立ち、線路のほうを向いて待っており、かつ6の行動をとる人”のみということになるわけです。しかし、ホームに立っている大勢の中で、この条件を満たす人が何人いるんでしょう。ほとんどいないのではないでしょうか。というわけで、「黄色い線までさがる」という表現は適切ではないのではと思った次第です。

 

さて、「黄色い線までおさがりください。」という表現、いつから使われるようになったのかは定かでないのですが、記憶違いでなければ、以前JRでは(国鉄時代だったかもしれません)「白線の内側におさがりください。」、「白線の内側でお待ちください。」などと言っていました。鉄道会社によっては今も「白線(黄色い線の)内側」という言い方をしています。

これも何年前かは覚えていないのですが、「白線の内側とはどちら側のことを言うのか」という論争というほど大げさなものではありませんが、ああでもない、こうでもないと意見出てきたことがあります。代表的なものは、次のようなものだったかと思います。

  • 白線の内側と言うためには白線が2本必要である。そのため、1線しかない駅では、「白線の内側で待つ」ことは不可能である。
  • 白線の内側と言ってもホーム形状によって意味が異なる。たとえば、島式ホームでは白線の内側はホーム中央だが、相対式ホームでは線路側である。(これも線が複数必要であると考えに基いていますね)
  • 線の内側というのは線の上に完全に乗っている状態である。よって、足が線幅より大きい場合「白線の内側」にはなり得ない。
  • 日本人は線路の内側といえば通常線路と反対側をイメージするが、ある国の人は線路側をイメージする。よって「白線の内側」という表現は紛らわしく、使用するべきではない。

これが原因かどうかはわかりませんが、その後、JRのアナウンスで「黄色い線(白線)まで」という言い方が使われるようになったと記憶しています。変更の経緯はどうであれ、「黄色い線まで」という表現よりは、「黄色い線(白線)の内側まで」と言った方が何だかすっきりするような気がするのですが、いかがでしょうか。

 

肝心なことより瑣末なことが気になってしまう屁理屈好きの高井でした。