• 201月

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    今朝の代々木オリンピック記念青少年センター。
    地は曇り空、柄は葉なき新芽を抱く枝。
    こんな生地があったら浴衣を作りたいなあと思いながら。

    ちらつく雪を窓の外に見ながら、
    日本語教育機関トップセミナーの分科会。
    学校は40周年、私は30周年と、
    予定していたわけではなく口から出た自己紹介での一言。
    わっと笑いが起こったのですが、
    そう、もうそんなに長いのです。学校も私も。

    私が今の立場になったのは41の時です。
    それを遠くで伝え聞いた人が、え?あの加藤先生が?
    あの歴史とあの規模のインターカルトの?と、
    要は違和感…だったのだと思いますが、そう思ったと
    この間、十何年ぶりに会った人から聞きました。
    (まあ、それは正しい。教師上がりの女じゃ危ういね
    という噂が立った国も…。←このやろー!と思った~_~;)

    でも、41でも何でも、結局は何となく今日に至る、なので、
    やらせてみたら、できちゃうのだから、
    若い人にどんどん任せたらいいのだと、浴衣の柄とは別に、
    今と未来のことをたくさん話しながら思ったのでした。

  • 161月

    It’s a long story、話せば長くなりますが、
    地理が得意ではないので、真面目に勉強したことがなく、
    なので、どの国がどこにあるか知らない、
    興味がないままに、27の時にこの仕事に突入。

    この仕事に就いたおかげで、国の場所、歴史、文化、
    いろいろ知ることができ、本当に得したと思っています。

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    今日は、インドネシアからお客様。
    ラマさんの上司のアリフさんファミリー。

    It’s a long story、
    31の時、カチンとくることがあって、じゃあ私が行きます!
    と手を挙げて決まったインドネシア赴任。(それも単身…。)
    その時、ジャカルタはジャングルだと思っていました。

    そこから始まったインドネシアとの関係。
    まさか、こんな何十年たっても縁が続いているなんて。
    ジャカルタはジャングルではなかったし、
    ほんと、よかったよかった…なのであります。。

  • 101月

    子供のころ思い描いていた私の将来は、
    着物を着て、割烹着をしてしゃがんでお風呂に薪をくべている姿。
    それがずっと頭の中にあったので、
    結婚してすぐに、ハクビ着付け教室に通いました。

    一応、お嫁さんの着付けというような段階までしたのですが、
    その後、自分で着物を着るチャンスなし。
    それが、日本語教師に転職して何年かしたところで、
    卒業式に着物を着ましょう!という話がいきなり起こり、やったー!と。
    それから、入学式、卒業式、スピーチ大会、海外での留学フェア等で、
    積極的に着物を着るようになり、現在に至る…です。

    本日、2017年1月生の入学式。

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    あの、毎日着物を着ている嫁を目指していたころ(!?)、
    まさか22もの国の学生たちと一緒に写真に収まることになろうとは!

    何がどう役立つかわからないものですよね。
    そして今日の赤い着物、外国人学生を相手にしているこの仕事だから。
    普通、この年の人は着ませんよね。黒柳徹子さんくらいしか。ねえ。

    ということで、いつ、どこで、何が、どう役に立つかわからないから。
    今日、入学してきた皆さんも…。

  • 3012月

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    香港&マカオでの、
    「若手の先生時代」にタイムスリップした3日間は、
    あっという間に過ぎて、もう帰りの飛行機の中です。
    最年少、20歳だった学生が50になっていました。
    30年の日々も、振り返ってみるとあっという間、
    けれど記憶をたどると、一年一年はやっぱり重いです。

    インターカルト日本語学校は、来年、創立40周年、
    40年分の卒業生たちが東京に集合!…を企画中です。
    ※詳細、決まったらお知らせしますね。

    1977年にY理事長が興したインターカルト、
    その後、色々色々、本当に色々を経ながら、
    T本部長、O社長の後、2000年に私が引き継ぎました。

    2002年の25周年の時は、創設以来の教職員の方々を招いて、
    それまでのお礼と、これからは私たちが!宣言の会をし、
    2007年の30周年の時は、お世話になっている外部の皆さん、
    他校、進学先や業者さん、そして応援団の方々を招いて、
    私たちはこういう学校を目指します!のような宣言の会を。
    2012年の35年目の年は、震災の翌年、そして…、
    すべてにおいて原点に立ち返る年となり、会はもちろんなし。

    そしてこの間、11月にした教職員の自己評価のシートに、
    40周年記念に何を?…を記入してもらったところ、
    今までの“卒業生&教職員”で大同窓会!が断トツという結果。
    …よって、来年します。

    目的地(羽田)までの飛行時間 1:05。
    大晦日に、日にちが変わる前に大急ぎで家に帰ります。

    香港の皆さん、ありがとうございました!
    皆がいた2つのクラスを持てたことは、本当に幸運でした。

  • 1412月


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    インターカルト日本語学校 代表・校長
    1988年より、日本語教師、海外勤務、教師養成、ビジネス研修、
    いろいろを経て、2000年から現職です。

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