• 251月

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    今日の会議は第二回でしたが、
    新たな議題が加わったため、ある意味キックオフでした。
    我がスマホにたまった写真、
    さすがにキックオフで検索しても写真は出てこず、
    ボールと入れたら、ほかのボールに混ざって金の卵が。

    今日も一日お疲れ様でした。なんだかほわんと疲れました。

  • 241月

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    「業態」という言葉について、
    今までかなり無造作に何も考えないで使ってきたなと、今朝、気づきました。

    「業態」とは「小売業や外食産業などの商業で使われる、顧客のセグメント・
    対象とする生活場面・その来店頻度などによる分類」とネット上にあります。
    「例えば小売業の業態には小売店・コンビニエンスストア・スーパーマーケット
    ・百貨店・セレクトショップ・ネットショップなど」がある。なるほど。

    小売業や外食産業でなくても、
    どのような戦術や戦略、営業方法でビジネスを展開するか、利益を上げるか…と
    考えることは、とても重要なことですよね。

    日本語学校における「業態」。
    いやいやそもそも、と教育をビジネスの線上で考えることに否定的な方もいる
    かと思いますが、教育もビジネスの視点を持たなかったら、自己満足に陥る危険、
    さらには、自分のしていることの淘汰に自ら進んで出るようなものだと思います。

    タイの長谷川さんのブログから、勝手にバトンを受け取って書いています。

    >「いかに我々は「業態」に対して試行錯誤してこなかったか」
    >「語学だけでなく、すべての勉強は、もっと美味しくなる必要がある」

    これらに大いに賛同しながら、敢えて異を唱えるなら、
    食べ物の目的は、腹を満たす
    ことばの目的は、身につける
    料理と語学、いや、食べ物とことば、目的はこれなのかなあと。

    ことばを身につけることはゴールではなく、ゴールはその先にある。
    次のステップに進む、願いや希望に近づく、人生を豊かにする。
    そう、それが美味しさで、そのために学び、我々はそれを提供する。

    そうか、その美味しさの分類が日本語学校の「業態」?? ん?

    すみません、夜も更けてまいりました。今夜はこの辺でお開きということで。
    明日は重要な会議に出席することになっています。
    公認日本語教師の資格と、日本語教育機関の類型化とその範囲を話し合う
    文化庁が主催する調査研究協力者会議。

    奇しくも、(いや、ふと思っただけですが)、
    この会議の二つ目の議題と、長谷川さんが提起したここでのこの話、
    とっても近いことなんじゃないかと。
    ああ、私の思考回路ではそれこそ同じ線上にあります、これとこれ。

    上の写真は2020年2月、コロナ渡航制限ギリギリのところで行ったバンコク。
    2020年最初で最後の出張、そして最後の海外での会食…です。

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    ついでに、インターカルト日本語学校の創立40周年記念大同窓会の動画
    ここに載せてほんとにお開きに。長谷川さんも出ています。
    この40年の積み重ねの過程で、私たちは私たちの業態を模索してきた、
    今目指そうとしている私たちの形、コロナを経たことでさらに明確になった、
    それが、ああ、そういうことかもしれないと、今思いました。

  • 231月
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    左上から、東京kの主婦会館、
    その右、インドネシアのメダン、
    下のは、ミャンマーのヤンゴンの、足跡です。

    タイトルの『地に爪跡を残すもの』は、
    佐々木邦という人が昭和9年に書いた小説で、
    亡き父がよくこの本のことを話していたのは、おそらく、
    「地に爪跡を残せ」と言いたかったからだと思います。

    「地に爪跡を残すもの」、知ってるような顔して、
    この話をよくしているけれど、実は読んだことがありません。
    それはやっぱり、父に対してもまずいだろうと思って、
    Amazonを見たら、出品者という人から買えるとわかったので、
    さっき注文しました。

    親しくしている人たちが今、様々な足跡を残しています。
    大事に作り上げてきたen塾に終止符を打とうとしている人、
    韓国の『きらめく拍手の音』というドキュメントを翻訳した人、
    ・・・人、・・・人、・・・人。

    僭越ながら自分の人生と重ね合わせて、ちゃんと整理して、
    改めてひとつひとつ、ここに書いていこうと思います。

    ・・・あぶない、またうたた寝。

  • 221月
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    何年か前に、初めてミャンマーに行ったとき、
    「あなたは、おしんですか」と聞かれました。
    たまたま会った日本語ができる人にだったと思います。

    「いいえ、私はおしんじゃありません」なんですが、
    それくらいに、おしんは有名でした。
    ミャンマーだけでなく、アジアのあちこちの国々でも。

    20代のときに行ったイギリスの語学学校では、
    「あなたは、husband(夫)が死んだらハラキリしますか」
    ハ〜ラキ〜リと言っていたのは、腹切り=切腹。
    「いいえ、しません!」どん(机を叩く音)。

    写真はミャンマーのイタリアンレストランで撮りました。

    ・・・ここまで書いたところで、
    テーブルにおでこつけて寝てました。寝ますねーzzz

  • 211月

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    「さむ〜い死語なら『もんじろう』」というサイトにあるので、
    「頭がウニ」は、今の言葉ではないのかもしれないけれど、
    今日の脳みその状態がまさにそうだと思ったので、頭がウニ。

    今、日本語教育の世界は大きく変わる可能性の真っ只中、
    日本語教師も日本語教育機関も。
    そしてアフターコロナ、日本語学校はどうなっていくのか、
    誰がどうまとめていくのか、というのも大きな課題。
    さらに、まさに私たちの学校の新しいコースやプログラム、
    ちゃんと軌道に乗せなくちゃ。

    そういうことの全てとちょっとずつ関わっているため、
    今日はそれらに追われて、それで頭がウニです。

  • 201月
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    今日の夕方、カバンの中にお財布がないことに気づきました。
    診察券の番号を見ようと思ってお財布を探したんですが…。
    中には、診察券だけじゃなく、もちろんお金もクレジットカードも、
    いろいろ入れているお財布が、ない!

    いつお財布からお金出して使ったっけ?と考えたら二日前の月曜日。
    今日は在宅勤務だったので、学校に電話。
    月曜日に、お客さんと一緒にお昼を食べに行ったときに持参した、
    布の袋の中にありますよ!と。ああ、やっぱり。

    もう何ヶ月も、ほとんどお財布からお金を出していないのです。
    コロナ禍でお金を触りたくないというのもきっかけとなり、
    キャッシュレス社会の一員になったから。
    今、支払いはほとんど腕の時計やクレジットカードをかざして終わり。

    で、どうしてこの写真?
    お財布を持ってお昼を食べに行ったのは焼き肉屋さん。
    そうだ!今日は肉の写真だ!と、スマホの中の「肉」の写真を検索、
    そうしたら2015年のこの写真が「肉筆」というカテゴリーで。
    文明の利器、想定外の行動をしてくれますよね。

  • 191月
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    出勤した昨日は、11,165歩。
    在宅勤務の今日は、2,112歩。
    もちろん座ってぼーっとしていたわけではなく、
    zoomと電話でのミーティングがいくつかずつと、
    あとはメールやメッセンジャーでのやり取りと、・・・。

    写真は、小池さんのマスクと呼んでいるマスク。
    西陣織の少しお高かったマスク、小池さんは小池都知事です。

    仕事は「行ってする」から「居てもする」、
    マスクは「風邪と花粉の時だけ」から「いつもする」に。
    おそらくこのまま当たり前になることと、
    ならないこと、それもあるのだろうと思います。

    横浜市長が帯状疱疹に伴う左顔面まひで再入院という
    ニュース。他人事とは思えません。
    痛いなんてもんじゃないだろうと思います。
    どうかどうかお大事に。一日も早く良くなりますように。

  • 181月
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    不安を煽るわけではありませんが、ほんと、怖いです。
    英変異ウイルス、初の市中感染か。英国滞在歴ない男女3人。

    今日、府中の駅に帰り着いたのは9時過ぎ。
    とにかく誰も歩いていないんです。車もほとんど通ってない。
    お店が閉まっているから道が暗い。まだ9時なのに。

    昨日の大きな仕事の、やり切った感からきた疲労と相まって、
    無造作に積まれた仕事の山を捌き切れない焦りと相まって、
    目に見えぬ敵が怖い。

  • 171月

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    皆さんは、日本に暮らす難民の方たちについて、
    何をどれくらい知っているでしょうか。

    私たちは、今から7年前の2014年に、あるきっかけからNPO法人PEACEと
    出会い、ミャンマーの難民の皆さんの日本語教室に関わることになりました。
    日本語を学ぶために集まってきた皆さんと初めて会った日に、
    日本にきてから20年もたつのに、日本語が十分に話せず漢字も全く読めない
    という人がたくさんいらしたのは大きな衝撃でした。

    それから、毎週日曜日、夕方6時からの日本語教室が始まりました。
    授業の中に、年賀状や暑中見舞いを書くという課題があります。
    私のところにもハガキが届くのですが、ある年に、
    「漢字がじょうずになったので、まちをあるいていても
    そこに書いてある漢字をさがしてよむようになりました。」
    と書かれたハガキが届きました。そのときに感じたことばの力の大きさが、
    今日のテーマ「日本語の学習が人生を豊かにする」につながっています。

    以上が、私が冒頭にした挨拶の中で話したことです。
    そして、以下は今、日本語教員養成研究所のFacebookに載せた文です。

    【生活者としての難民の皆さんと共に〜日本語の学習が人生を豊かにする〜】
    自ら難民支援を牽引するNPO法人理事長のマリップさん、
    政策面で支援を続ける中川先生、
    「難民ナウ!」をはじめ情報発信を通して支援活動をする宗田さん、
    日本語教室で指導にあたる寄田さん、そして、
    ウガンダから逃れてきたご両親のもと日本で生まれ育ったマシュー君。
     1. 日本語(教育)との出会い
     2. 基礎知識の確認「難民」「ミャンマー」
     3. 実際に関わって
     4. 「家庭」の観点から
     5. 日本語教室と日本語教育
     6. 「日本語の学習が人生を豊かにする」
    登壇者の皆さんの一言一言が視聴する私たちの心に響き、時に胸に刺さりました。
    日本がこれから本格的に迎える多文化共生社会、
    その社会を皆で共に作っていく…今日の機会が前に進む一歩となったら嬉しいです。
    この活動、私たちはこれからも続けていきます。

  • 161月

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    土曜日の朝9時半。
    生活者としての外国人のための日本語教師初任研修の
    オンライン講座を視聴しています。10月からほぼ毎週、
    土曜日の朝からPCの前に座って受講している方が、
    私のほかに50人以上。萬浪先生のお話のあと、皆さん、
    今はオンライン上でグループに分かれてディスカッション中。

    写真は、この研修を共同担当しているブロックの一つ、
    沖縄の国際言語文化センター附属日本語学校代表の金城先生。
    研修の一環でする5回シリーズの公開セミナー、沖縄担当は
    3月6日で、テーマは日系人とアイデンティティなのですが、
    オーストラリアのSBSラジオがその紹介をしてくださいました。
    来週の木曜日まで聴くことができるそうです→こちら

    私たち、東京担当の公開セミナーは明日です。
    難民の方々とその支援をする皆さんと一緒に行います。
    zoomのウェビナーでの開催、お申し込みはこちらから。
    ※前回の就労者のセミナーに参加してくださった方も、
     別途申し込みが必要です。

    どんなことでもまずは「知る」ことからかなととても思います。
    コロナのために、生き方変わった、変わりそう、変えなくちゃ、
    と思っている人も多いと思います。
    そのきっかけが「知る」ことから見つかるということ、
    ありますきっと。